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死生観

ご存知の方も多いと思いますダミアン・ハーストは「生と死」をテーマに作品を製作するイギリスの現代アーティストです。


生存する現代アーティストの中でも、最も成功を収めたアーティストとしても有名です。






今回はダミアン・ハーストを特集するという事ではなく、彼がテーマにしている「生と死」つまり死生観を考えます。






「生きている」という事はどういった事でしょうか?


生物学的には三つの定義があり、①外界と膜で仕切られている。②代謝(物質やエネルギーの流れ)を行う。③自分の複製を作る。この三つの条件が備わった状態を生きているという事を指します。


では言葉を変化します。



「生きている」という言葉を、「活きている」とした場合、意味がどう変化するでしょうか。



「生きている」という言葉は状態です。「活きている」という言葉は作用を表す言葉なので目的を必要とします。何が活きているのかを説明しなければいけません。


この「活きる」という言葉は、経験を活かした、技術を活かしたなどの活用した作用を指します。




前置きがややこしいですが、生きるという事、死生観は、状態をいうのではなく、何を成すのかという事だと考えています。




若い時はがむしゃらに生きます。


何も考えず、後先考えずに感情で行動します。失敗の連続ですがたくさんの経験が人間としての幅を養います。

大人になるにつれ、作用や結果を推測し、感覚的な感情や直感を後回しにしがちです。利害行動が論理的だからです。それは自分の利害だけではなく、他者の利害をも含みます。


この論理性に感情が加われば有意義な結果を導きやすくなります。


誰かの為とした貢献的な行動だけではなく、そこに浮かぶ情景や姿に価値を持てると論理性を超えた価値観を備えている事になります。


価値観というのは進んで学ばなければ養えません。何となく過ごしていても人の幅は広がらないと思います。


どのように養うのか。


漠然とした言葉ですが何事にも真摯に向き合い、自分の弱さを知る事だと思います。その弱さを知って変化させていけば魅力にもなります。弱さを知って見て見ぬ振りをすれば、弱いままです。少しづつ地道に努力する事で人は変化していきます。


無限にあると感じた時間、無限だと思っていた時間が、大人になるにつれ、時間は無限ではなく、少しづつ自分の時間の終わりがあるのだと考え始め、そして実態として感じ始めます。


後で学ぼうと思っていた事も、いつか行うと思っていた事も、時間と共に感情は色褪せ、情熱は消えています。


誰かに気持ちを伝える事も、見たかった世界を見る事も、今がその時なのかもしれません。



いつか死ぬというのは、明日や明後日ではないと思いますが、寿命を迎える年齢まで無事で生きているのかはわかりません。



何のために生きているのか。


そう思ったのなら行動を起こすべきではないでしょうか。


なりたかった自分になるための行動を。


未来は希望しかありません。

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