デッサン力(描写力)を備える意味
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更新日:48 分前
今回は描写力(デッサン力)について深掘りして考えたいと思います。
少し精神的な内容にまで深掘りいたしますが、もしかすれば読んでいただくことでほんの少しですが、新しい視点を感じられるかもしれません。
よろしければぜひ少しのお時間ご一緒ください。
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描写力という力は、大きい意味でモチーフ(題材・テーマ)を捉え再現する表現力です。
対象とするモチーフがどのような形や色をしているのか、陰影をしているのかを観察し理解して、自身の手を使って再現、表現する技術力です。
継続して描写力が成長すると、やがては頭の中でイメージした視覚的な像をも正確に表せるようになります。
描写力を備える事によって受ける恩恵は圧倒的です。
どんな言葉での説明よりも、優れた描写力を備えた作品をひと目見れば圧倒され、その存在感に言葉以上の説得力を感じます。
仮にもしもあなたがイマジネーション力が低くても、視覚以外の理解力や変換力が低くとも・・・つまりは言語や音など、そして自身の感情や感覚を視覚的イメージに置き換えたり転化させる力が低くとも、描写力を備えさえすれば圧倒的な存在感を絵に持たせられます。
ですがデッサンを一度でも学んだことがある方は、描写力は簡単に手に入れられるものではない事を理解していると思います。
描けるだろうと思って描いてみても、形を理解するその最初の段階で何処かどのようになっているのか把握できず、アウトプットに至る表現することまでに大きな課題がある事を実感すると思います。
まさかここまでも形を理解することが難解なものだとは思わないものです。
誰もがデッサンのレッスンを体験して始めて描写力を備えることの難易度の高さを実感します。
幼い頃、無邪気に描いていた絵は大人達に無条件に褒められます。
成長するにつれ様々な事を現実的に理解し、論理的に解釈できるようになりますので、自分が表現できていない事も理解し学んでいきます。
当たり前の話ですが、それでも絵が好きで描き続けた人は自問自答し修正を繰り返し描写力が上達しますが、他の興味に移った方はそこまでの画力で止まっている筈です。
誰もが一度は体験したのが幼い時のお絵かきです。
ですが修練して手にいれる描写力は、幼き時に描いたものとは全く違う世界です。
・・・少し別の話をします。
稀にいる絵の才能のある方は、一般的には30枚40枚つまりは数十枚のデッサンを描いて上達する内容を、たった数枚描いただけで達成させる方もおられます。ですがそんな方はとても稀な存在です。
僕を含めほとんどの方は百枚を優に超える量のデッサンを行い描写力を上達させてきたと思います。
たった数十枚描いただけで得られる技術であれば誰もその力を賞賛しないのではないでしょうか。そんな簡単に手に入れられる力でしたら人には評価されない筈です。だって簡単に手に入れられるのですから・・・。
デッサンを学び始めた最初の時期は本当に本当に過酷です。
上手くなったのか進歩したのかもわからないままに、延々と同じモチーフを描く時期があります。立方体や円柱など、簡単に思えるモチーフを描き続けます。多人数の共同レッスンであれば描写力の高い方も一緒になって描いていると思います。そんな中で学ぶことにプライドが傷つくかもしれません。受験生でも心を保つことが大変ですが、大人になればなる程に学ぼうと思う以上にプライドが傷付く事を恐れる方もおられます。
デッサン教室と同じように、他人との力の差を感じやすいのがスポーツジムです。
どちらも目に見えて理解しやすいからです。
ジムに行くと、これから身体を鍛えようと頑張り始めた人を見かけます。細い身体でムキムキマッチョが沢山いる中で努力している姿を見て僕は心の中でエールを送っています。頑張れって。
どのような目的で来られてるのかわかりませんがきっと心細いし、マッチョに圧倒され、少し萎縮しているのかもしれません。
それでもそんなに遠くない未来の自分の理想の姿を求めて努力している姿は尊敬に値します。僕はマッチョの方をかっこいいなと思っていますが応援を込めた気持ちは湧きません。何故ならある一定の成長を果たした人はその楽しみ方を知っているからです。ですがこれから努力を地道に重ねようとしている人には不安やいろんな感情を持って挑んでいると思うのです。そういった未来のムキムキマッチョには心から応援したくなります。恥ずかしさを捨てプライドを捨て、未来の自分の為に頑張っているんだなって。
ちなみに僕は単なる健康維持でのジム通いのムチムチデブッチョです。
僕は正直どうでもいい価値観だと思っていますが、この他人よりも劣りたくないというプライドは、年齢を重ねれば重ねるほどに、お金や地位や権力を持ってしまう程に抱いてしまう方が多いと感じます。このプライドは本当に無意味です。何のプラスにもならない虚勢です。
それとは逆に自尊心の高いしっかりとした価値観を持っている方は自分の失敗を負の価値と判断せず、至らない部分を直視し補う努力を怠らないと思います。
さらにずば抜けて人間力の高い方は困難だと思う事を楽しもうとさえします。
・・・話を戻します。
何度もブログなどで書いていますがこの”描写力は誰もが手に入れることができる技術”です。
描写力を手に入れることのできる最大の要因は持って生まれた才能があるのかないのかではありません。
理解力が高く論理的思考力を持っているかいないかではありません。
とても単純で難しい誰もができることです。
継続できるか出来ないかという忍耐力です。
論理的な思考で物事を捉えられる方は、絵を描くことに対しても感覚的な部分も使いますが論理的な思考を持って自己分析し行動を変化修正させていると思います。
ですので直感だけで行動する方よりも成長が早いです。
それでも描写力を手に入れるには時間が必要です。
いくら論理的に理解できても、肉体すらも意識し変化させても、変化させ成長させる時間が必要です。それはほんの数ヶ月や数年で手に入れられる程の低い力ではありません。
ムキムキマッチョになりたいのであれば最低でも3年は週3回以上トレーニングしないと手に入れられないと思います。医者になる為には最低でも6年は学ばなければならない筈です。困難な目標であればある程にその過程で強いられる時間が必要であることは明白ではないのでしょうか。
描写力を手に入れれば圧倒的な存在感を作品に与えられますが、たった数年で得られるほど低い力ではないのです。
当たり前田のクラッカーですが、ゲームのようなチートはこの世の現実には存在しません。
必ず積み重ねた時間があって結果が生まれます。だからこそその力に圧倒され尊敬されるのではないでしょうか。積み重ねた重みがない、ただ形だけ飾っただけのものに本当に魅了されるのでしょうか。ほんの少し努力しただけのものに本当に魅力を感じるのでしょうか。
仕事も芸術も人間性も積み重ねです。
そしてその積み重ねを、苦しく大変な事だと思うのか。
地道に努力できる自分を楽しみながら継続できるのか、変化できる楽しみを感じながら乗り越えていく事ができるのか。
できれば苦しいと思うのではなく、努力できる自分を褒め楽しみながら乗り越えていきたいですよね。
気づけばその力を手に入れていたと思えるほどに。
Lorn - Timesink (Official Music Video)
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