自分らしくとは?
- 4月9日
- 読了時間: 5分
*今回のブログはまるで中二病炸裂のような内容ですので、読み流す感じで暇つぶし的にお願いします🤲
まず最初に僕は迷い彷徨いながら答えや意味を探す未熟な人間で、俯瞰した世界から物事を把握しているわけではなく、死ぬまで物事の本質を探そうと勉強をする弱者です。
そんな僕が少しづつ理解が進み解像度がほんの少しだけ上がっていく物事を、ここでは文章を使い表現しています。
それは誰もが一度は悩んだ「人はなぜ生きるのか」という命題です。
そもそも論ですが、なぜ命が生まれるのか不思議ではありませんか?
この世界に命が生まれる本質的な必然性があるとは僕には思えません。
必要があって生まれる、それ以外になりようがない状態や性質が必然性です。それが因果です。
人間が誕生することは今の歴史学が正しいのであれば因果律によって証明されています。ですがごくごく単純な疑問として、なぜ地球にだけこれだけ多種多様な生命が存在するのかと不思議に思いませんか?
そんな疑問にも科学的根拠を持って「液体の水、有機物、エネルギー、ハビタブルトリニティという生命が誕生する条件が揃っただけ」だと考える方が大半だと思います。
しかしながら一方で1981年に天文学者のフレッド・ホイル博士が提唱した有名な言葉もあります。
生命とは「がらくた置き場の上を竜巻が通過し、その中の物質からボーイング747が組み立てられるのと同じくらいの確率でしか誕生しない」と述べています。ほぼ0に近い不可能な確率であるという事です・・・。
今から約40億年前の深い海の底で化学合成によって最初の生命は誕生し、そこから爆発的な増殖と多種多様な種が誕生し約30万年前に祖先であるホモ・サピエンスが誕生し現代の人間へと進化したとされています。
地球に意志を持ち知性を備えアイディンティティという概念を備えた人間が誕生します。
人間という圧倒的な存在でも体験し得ない事はイメージすることしかできません。生命の誕生から死までは観察できてもその先の世界はキリストや釈迦でもない限り誰も知りません。
死を考えた時、生きることの儚さを感じ、人外の存在をイメージし宗教が誕生することも自然なことだと思います。
思考をし創造性を持ち文化を創り上げられることが人間です。
共感性を備え愛情に溢れ慈しむのも人間で、また他者と比較し妬む負の感情を持つことも人間です。
もう一度最初に戻ります。
なぜ人は生きようとするのでしょうか。
論理的な方であれば、単純に人間が生きようとする理由は「種族を繁栄させる為に増殖しようとする事」だと仰ると思います。確かにそうだとも思います。
ですが増殖だけを求めて僕たちは生きていません。
美しい景色、朽ち果て還元されていく景色、光り輝く煌めきや対比された影や闇、あたたかく心地良い空気や凍える厳しい風も全て美しいと感じ、もっともっと感じたい体験したいと欲していないでしょうか。
そしてこの素晴らしい現実世界を共有したいとも思っていないでしょうか。それは1人よりも2人で、できたら3人で、できればそれ以上の沢山の人と一緒になって、この世界を楽しみ学びたいと思っていないでしょうか。
誰かと幸福を共有することで、分かち合うことで生きている喜びは増幅し、生きるている価値を感じるからです。
もしも何不自由ない裕福な世界に存在できたとしても、たった1人だけでは幸福にはなれないのです。
誰かと共感することが生きることのひとつの目的なのです。
そして僕たちは希望を持って今まで生きてこなかったでしょうか。
親から適切な愛を与えられなかった場合もあるかもしれません。五体満足に誕生しなかった方もおられます。様々な疾患を持って誕生した方もおられます。
ですがそれとは別にして未来に対して自発的に希望を抱いて生きようとしていたと思います。
様々な生命が生まれ死んでいきますが、自分を認識し、自分の意思で行動し、知性を持って行動し、アイディンティティを持って未来を創れるのは人間だけです。
どんな状況でも自分で選択してきた時間の連続が人生です。
変化する方法も、この有限の寿命の中で何度でも自由に選択してきたはずです。
どのように変化していくのか。
生まれて子供から大人になり老人になって死ぬまで、器である身体を使い人間の本当の本体である心を育てます。
死ぬまでの寿命を使ってこの世界を知り認識し、自分を変化させていくことが生きることなのだから、生きる意味とは心を成長させ続けることだと分かります。
人はなぜ生きるのか。
その答えは、成長する為に人は生きていると思います。
皆さんそれぞれ必ず与えられた課題があって、その課題が大きければ大きい程に乗り越えられた後の大きな成長と喜びを経験して知っているはずです。
しかし成長は学生時代で終わった経験ではなく死ぬまで続く心の勉強ではないでしょうか。
人間は動物でもなく神でもないその間の存在です。だからこそ迷ってずっとずっと成長し続けます。
自分のペースで、自分の出来る範囲で、いろんな人のサポートを受けて、他者と比較せず、冬の厳しい季節を耐え忍ぶように実直に自分を見て知って努力し、そして成長することを楽しむことが人が生まれてきた意味ではないのかなと思っています。
自分らしく。
僕は著しい劣等感で自己肯定感が低い人間です。虐待を受けて育った人は他人はもちろんのこと自分を信じることもできなくなります。
僕にとって大きな課題は信じること許すことだと思って学んでいます。
春はたくさんの命が生まれます。
こんなに美しい季節はないと思っています。
世界がこんなに美しいのはきっと人間以上の存在がいるからかもしれませんね。
さて、そろそろ最も美しい桜吹雪が見れる頃です。
河北潟の9kmにも及ぶ桜並木「母恋街道」の美しいストーリーと共に。

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